先日、射精の頻度について考える場面があり(日常にはいろんな場面がありますね)、ここ数年の「射精の間が空いた期間」として、去年の7月が見出され、このときはなんと7月16日の夜から29日の夜まで、実に12日間にも渡って射精が記録されていないのだが、なんでこんな話を唐突に、水泳にまつわる話のためのブログでしはじめたのかと言うと、この期間というのは、ホームプールの会員期限が切れてしまい、しかしちょうど夏休みに入ったことで客が殺到しているタイミングということもあり、あまり積極的に更新に赴く気力が起らず、仕方なくプールから離れて暮していた時期だったのである。
この事実に気付いて思い出されるのは、以前、このブログを作る前、「パピロウせっ記」にも書いたのだが、『アクアエクササイズのすすめ』(ベースボールマガジン社)という本の中にあった、「水中トレーニングは性欲を減退させる」という、(実在するのかどうかよく判らない)世間の誤解に対する著者の回答、「水中トレーニングには、持続的な催淫効果があります」という文言だ。プールに行けなかった期間に長く射精をしなかったという事実は、なるほどこの説の証明となるかもしれない。
ちなみにだが、ここにもさんざん恨み節を吐いたが、ホームプールは今年の2~4月の3ヶ月間、大規模なメンテナンスを理由に休館していた。それではこの期間中の僕の射精状況はいかなるものであったかと言うと、ここにもはっきりとした相関関係が見て取れれば話はスムーズだったのだけど、実際は2月は普通、3月はわりと多く、4月はだいぶ少ないという、なんとも捉えどころのない結果なのであった。
もっとも催淫効果=エロさ=射精回数というのもずいぶん乱暴な話で、それは野球で言うところの勝利数みたいな、ちょっと前時代的な指標であると思う。冒頭でも触れたが、射精の頻度についてこのところやけに思いを馳せていて、短期間で射精して小刻みにすっきりしてしまうより、なるべく射精を惜しむことで淫らなテンションを長く維持するほうが、期間中の総体としてのエロさとしてはむしろ上回るのではないかという仮説もあって、じゃあお前はいったいなにを言いたいのだという話だが、知っての通り、特に大義はなく、プールエロ漫談をしたいのでしている次第である。
明確な数値指標がないため、どこまでも感覚的な話になってしまうが、しかし実際のところ、プールに行くと、行かないよりは性感を刺激されると思う。特に僕の場合、オリジナルの股間突き出し系水着を穿いているという事情もあり、それで日々高まっていると思う。
それで性感を高めてるんだとしたらいよいよ公序良俗的にアウトだよ! という気がしないでもないが、そっちの効果を一切意識せずにあの水着を穿いているのだとしたら、それはそれであまりにも意味不明だろうとも思う。もっともこれだけは断っておくけれど、僕はNobitattleを穿いた状態で、ホームプールの遊泳中に勃起をしたことは、ただのいちどもない。それが起ってしまったら、さすがに問題があるということとなり、僕はNobitattleのデザインを見直す必要が出てくるだろう。
とは言え水着のデザインなど、プールによってもたらされる催淫効果としては、きわめて限定的な要素で、それよりも「全身が水に包まれること」や「体を浮かべた状態で手足を激しく動かすこと」などといった、水泳の根源的な事柄のほうが、実はよほど強く作用していることと思う。それは日常とはまったく別の感覚であり、この非日常感こそが、スイマーがプールに求めるリフレッシュであり、ゆえに性感、すなわち催淫なのだと思う。ちょっとなにを言っているのか解らないだろう、本当に観念的な話になってしまった。でもスイマーであれば解ってもらえるのではないかと思う。泳ぐこととセックスは少し似ているのだ。先ほども触れた「パピロウせっ記」の記事でもそうだったように、この話の流れになるとどうしたってこの名前を出さずにいられないのだが、瀬戸大也が好例である。いや、あくまで話の根拠として好例なのであって、やってしまったことはどこまでも悪い例なのだけども。