以前にいちど書いたと思うが、ホームプールで、かつて在籍していた会社の同僚男性の姿を何度か見かけ、そのたびにコソコソと身を隠していたのだけど、つい先日、とうとう避けられない間合いで目が合ってしまい、挨拶をするはめになってしまった。
その同僚男性は僕よりも5つ以上年下で、ガタイのいい、わりと快活な性格の、島根県育ちの青年で、僕はたぶん彼の後釜として採用されたようで、3ヶ月ほど一緒に働き、やがて彼は予定通りにいなくなり、そして僕もその半年後くらいに辞めた(そういう職場だった)。一応LINEは交換していて、僕が退職した際にはそのことを報告したが、それ以外のやりとりはほとんどしていない。そんな関係性である。
相対したのは、流れるプールの階段になっている出入口で、僕は入るところ、彼は出るところだった。運悪く、それがちょうど交差してしまったのだった。流れるプールは流れに逆らって歩くトレーニングを試みない限り、基本的に一方通行なのだから、このようなタイミングにさえならなければ、同じ時間にプールに入っていてもいつまでも顔を合わさないことだって可能だったろうに、本当に間が悪かった。
それでも僕はなおも、気付かないふりをし続けようと思ったのだ。これまでも、さすがにお互いに気付いているんじゃないかと思うような接近があっても、スルーできていた。それはもしかしたら、相手も同じ気持ちだったから成立していたのかもしれない。この日までに、僕が何度かその姿を見かけたということは、向こうもまた、僕の姿を見かけていた可能性はある。でも大人の嗜みとして、どちらも声を掛けずに済ませていた。僕はその嗜みに関しては達人級なので、今回もいけるだろうと思った。しかし彼はさすがに無理だったらしい。
「プロペさん」
とうとう声が掛けられてしまった。
それに対して僕はどういう反応をしたか。こうである。
「わー、久しぶり! びっくりした!」
と言いながら、しかし一瞬も足を止めず、そのまま彼がいま出てきた流れるプールへと入水したのだった。そしてそのまま、いつも通りのウォーキングを始めた。
顛末は以上である。
帰宅してからファルマンにこの出来事を話したら、
「そういうときは普通、少し立ち止まって、ちょっと近況報告とかするんだよ」
と、お前が! お前が人に、人の道を説くのかよ! 俺は! 俺はお前に人の道を説かれるのかよ! と叫び出したくなるような辱めを受けた。ファルマンから人付き合いについて窘められるなんて、猟奇殺人者に「命を大事にしろ」と諭されるようなものではないかと思う。こんな「おまいう」、なかなかない。
もちろんファルマンに言われるまでもなく、自分のムーブが大の大人として正しいものだったとは言わない。でもさ、本当に俺、プールでは絶対に知っている人に会わないという想定で動いているからさ、そういう想定での水着を着ているからさ、マジでこういうの困るんだよね。元同僚という関係性は、つまり社会性による付き合いということになるが、それで言うと、僕の作る水着というのは社会性の対極なのだな、ということを痛感した。
社会性の対極、すなわちロックなのかもしれない。股間のだいぶ突き出た、ビキニに肉薄したローライズのボックス水着は、僕なりのロケンロールなのだ。社会的な関係の相手にはとても見せられない度合の、あられもない部分がさらけ出されて、これがほんとの露見ロール。おあとがよろしいようで。
あー、彼、もう二度とプールに来ないでほしい。俺のホームプールだから。お前のじゃねえから。出ていってほしい。